第二部:物質の状態と変化 液体への溶解(基礎)

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  ここでは,溶質の液体(溶媒)への【溶解について】, 【溶解のエネルギー収支】, 【溶解の限界(溶解度)】  に項目を分けて紹介する。

 溶解について

 ここでは,JIS K 0211 2013 「分析化学用語(基礎部門)」に定義される溶解( dissolution ),すなわち「液体中に他の物質が溶け込んで均一な相になる現象」ついて考える。

 溶解現象の基本
 溶解は,溶媒中に溶質が溶け込んで均一な相になる現象と表現されるが,溶質の溶け込む過程(溶解過程)と溶質が溶液から離脱する過程(離脱過程)の平衡状態とも考えられる。
 溶質の溶解過程
 ① 溶媒( solvent )に溶質( solute )が接触することで界面が形成する。
 ② 溶質が気体の場合は,気・液界面の溶質分子溶媒分子で取り囲まれる。 溶質が液体又は固体の場合は,液・液界面又は固・液界面で溶質分子同士の分子間力( intermolecular force )に抗して引き剥がされた溶質分子溶媒分子で取り囲まれる。
 ③ 溶媒分子に取り囲まれた溶質分子が界面から液体内部へ拡散する。
と考えられる。
 溶質の離脱(析出)過程
 ① 溶解の過程で,接触界面付近の溶液( solution )中溶媒分子に取り囲まれた溶質分子が増加すると共に,次に示す逆の過程も進む。
 ② 界面付近ので溶質分子を取り囲む溶媒分子の一部が外れる。
 ③ 溶質が気体の場合は,気・液界面から溶質分子が気相に拡散・移動する。 溶質が液体又は固体の場合は,液・液界面又は固・液界面で溶質分子同士の分子間力により凝集し,溶液から離脱する。

 溶解に影響する要因
 上述の溶解過程及び,離脱過程に準じて,溶質の形態別に影響する要因について,その概要を紹介する。
 ① 溶質が液体,固体の場合の溶け易さには,溶質分子相互に作用する分子間力が影響する。
 ② 溶解できる量には,溶質分子溶媒分子の間に作用する分子間力が影響する。
 ③ 溶解と離脱(析出)の平衡(溶解度)に達するまでの時間(溶解の速さ)には,接触する界面の表面積の他に,溶液中での溶質分子の拡散(溶質の濃度勾配,温度,流速など)が影響する。

 【参考】
 溶解度( solubility )
 溶質が一定量の溶媒に溶ける限界の量(飽和溶液の濃度)である。温度と溶解度の関係を図示したものを溶解度曲線という。
 液体・固体の溶解度は,一定温度( 20℃での測定例が多い)で,溶媒 100 g に対する溶質の質量( g )や飽和溶液 100 g に溶けている溶質の質量( g )などで表す。固体の溶解度は,温度で変化し,多くの溶質は温度の上昇で溶解度も上昇するが,溶解度の減少する物質もある。
 気体の溶解度は,一定温度( 20℃での測定例が多い)で,1 atm ( 1 気圧)の気体が溶媒 1 ml に溶ける体積を標準状態(STP: 0℃,1 atm )に換算して表す(ブンゼンの吸収係数)。気体の液体への溶解度は,温度上昇で低下するのが一般的である。
 なお,【気体の溶解】で紹介するように複数の表記法があるので,単位や条件に留意する必要がある。
 溶解度積( solubility product )
 濃度溶解度積,溶解度定数ともいわれ,難溶性の塩について,飽和溶液中での陽イオン濃度と陰イオン濃度の積で表す。溶解度積は,温度で決まる物質固有の定数で,イオン濃度の積が溶解度積を超えたときに沈殿し始める。
 溶媒和( solvation )
 溶質分子や電離して生じたイオンが静電気力や水素結合などで溶媒分子と相互作用しながら拡散する現象である。溶媒が水の場合には,特に水和という。
 極性溶媒にイオン性物質や極性物質が溶けやすいのは溶媒和による。極性溶媒に無極性物質が溶けにくいのは,溶媒和がほとんど起こらないためである。なお,無極性溶媒の場合には,溶媒和とは言わない。

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 溶解のエネルギー収支

 溶解過程の分子間の相互作用
 溶質の分子 A が分子 S で構成される溶媒(液体)に溶け込む過程は,模式的に次のように考えられる。
 溶質が気体の場合
 分子間の相互作用を受けず熱運動している気体分子( A )が溶媒に溶け込むことで,溶質分子の周りに溶媒分子( S )が取り囲む(溶媒和・水和)。この時,分子間の相互作用は,液体状態の溶媒の分子状態( S-S )から溶媒和の分子状態( A-Snに変わると考える。
 溶質が液体・固体の場合
 液体や固体は,構成する分子同士に働く分子間力( intermolecular force )で凝集した状態である。
 従って,液体・固体の溶解では,はじめに相互作用を受ける溶質の分子状態( A-A )から相互作用のない気体状態( A )に変え,次いで気体の分子が溶媒に溶け込むと考えることができる。
 すなわち,液体・固体状態の溶質( A-A )にエネルギーを与え,気体状態に相転移した溶質分子( A )が溶媒に溶け込むと考えられる。なお,気体への相転移に伴うエネルギーは,液体の場合は蒸発熱や気化熱,固体の場合は昇華熱と呼ばれる。

 ギブスの自由エネルギー変化
 溶質分子の溶媒への溶解は,混合のギブスの自由エネルギー変化(ΔmixG )で評価できる。理想溶液からのずれの最も単純な形の正則溶液では,それぞれの成分のモル分率{χ1 = n1/(n1+n2)}を用いて,ギブスの自由エネルギー変化
      ΔmixG = ΔmixH + RT( n1 lnχ1 + n2 lnχ2 )
で表すことができる。
 
 この式から,溶媒の溶解する能力,溶質の溶解し易さについては次のように考えられる。
 溶媒の溶解する能力
 ある溶質の溶解について,温度,溶質の濃度が一定であれば,混合のエントロピーの項( RT( n1 lnχ1 + n2 lnχ2 ))は変わらないので,混合のエンタルピー変化(ΔmixH )混合のギブスの自由エネルギー変化(ΔmixG )に寄与することを表す。
 なお,混合のエンタルピー変化溶解熱は,溶媒分子と溶質分子との分子間相互作用の強さの差による。
 溶質の溶解し易さ
 上述したように,物質(液体・固体)の溶解では,溶質分子間の相互作用( A-A ),溶媒分子間の相互作用( S-S )が失われ,新たに溶媒和の分子間相互作用( A-Sn )が生まれると考えられる。
 一般的に,溶媒和の相互作用エネルギーは,溶質,溶媒の相互作用エネルギーの相乗平均で評価できると考えられるので,エンタルピー変化では不利な過程と考えられる。
 しかし,溶質の溶媒への溶解により混合のエントロピーが増加するため,溶媒種,溶質種とある温度の濃度で決まる相互作用エネルギーの効果とが釣り合うまで溶解が進む。この溶質の溶解の限界濃度を溶解度( solubility )という。

 【参考】
 溶解熱( heat of dissolution )
 反応熱の一種で,溶質 1 mol を溶媒(液体)に溶かしたときに発生または吸収する熱である。なお,溶解熱は,溶質が気体もしくは固体の場合の呼称で,溶質が液体の場合は,混合熱(heat of mixing)と呼ばれる。
 標準状態( 25 ℃,固体液体は 1 気圧,気体はフガシティー 1 )での溶解熱を標準溶解熱と呼び,そのエンタルピー変化(ΔsolH0を用いる。
 フガシティー( fugacity )
 高い圧力の実在気体でも,理想気体の化学ポテンシャルの形式が成り立つように導入された圧力の概念で,次のように定義される。
 基準圧力(通常は 1気圧)を p0 ,基準圧力での成分 i の化学ポテンシャルをμi0 ,実用圧力での成分 i の化学ポテンシャルをμi,気体定数 R ,温度 T とした時,成分 i のフガシティー fi は,
      fi = p0 exp{(μi - μi0)/ RT }
で定義される圧力単位( Pa )の概念である。なお,理想気体では,成分 i の分圧( pi )と等しくなる。
 
 分子間力( intermolecular force )
 狭義では電気的に中性の分子に作用する力(ファンデルワールス力,双極子相互作用)を指す。広義には,分子間などの離れた部分の間に働く電磁気学的な力で,ファンデルワールス力,双極子相互作用に加えて,より強い力を示す水素結合イオン間相互作用を含んで言う。
 液体状態,即ち凝集した分子集団として存在する原因に関し,現在の理論では,安定な分子間に働く引力として,ファンデルワールス力,双極子に基づく力,及び水素結合が知られている。
 一般的には,液化の際に分子間に影響する主要な力は“ファンデルワールス力”で,“双極子に基づく力”は液体の性質や固体の結晶化などに影響を与えると考えられる。
 分子間力の強さは,イメージ的に,ファンデルワールス力を 1 とすると,双極子相互作用はファンデルワールス力の約 10倍あり,水素結合は双極子相互作用の約 10倍,イオン間相互作用は水素結合の約 10倍と考えられるほど大きな差がある。
 実際の例として,大気圧で相転移する温度(沸点)をモル質量の近い化合物で比較してみると,ファンデルワールス力で凝集していると考えられるモル質量 58.12g/mol のイソ-ブタン( CH3CH(CH3)C3 )は沸点-11.7℃,双極子相互作用が考えられるモル質量 58.08g/mol のアセトン( CH3C(O)C3 )は沸点 56.5℃,部分的な水素結合が想定されるモル質量 60.09g/mol の 2-プロパノール( CH3CH(OH)C3 )は沸点 82.4℃,イオン間相互作用で凝集する塩としてモル質量 58.44g/mol の塩化ナトリウム( NaCl )は沸点 1413℃,モル質量 58.097g/mol のふっ化カリウム( KF )は沸点 1505℃である。

 相転移( phase transition )
 物質の三相(気相,液相,固相)が,温度や圧力を変えることで,相互に変化することをいう。
 物質の三相間の相互転移などエントロピーや体積などの値が両相で有限の差をもつような一般的な相転移を一次相転移という。
 鉄鋼の相転移など,固体であっても温度や圧力により結晶構造の違いなどで生じる複数の相の間での転移,例えば,磁性体における常磁性-強磁性転移,合金の秩序無秩序転移,液体ヘリウムの λ 点における正常流体から超流動流体への転移など定圧比熱容量や等温圧縮率の値に有限の差をもつような相転移を二次相転移という。

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 溶解の限界(溶解度)について

 経験的に,水( H2O )にエタノール( CH3CH2OH ,エチルアルコールともいう)を加えてゆくといくらでも溶け,逆にエタノールに水を加えてもいくらでも溶けることを知っている。
 水,及びエタノールは極性分子で,溶媒として用いた場合には極性プロトン性溶媒として分類される。この場合の相互の溶解は,【溶解現象とは】で紹介したように,「似た者同士の相性が良い」による溶解現象と考えることができる。
 しかし,アルコールの分子が大きくなると,分子全体に対する極性基( OH 基)の影響が低下する。このため,下表に示すように,分子鎖が長くなると溶解できる量の上限が小さくなる。なお,ある温度で,水 100 g に溶ける物質の最大質量( g )を水に対するその物質の溶解度( solubility )という。溶解度の概要については,次の節で紹介する。


アルコール類(溶媒)への水(溶質)の溶解度
(室温付近 g/100g )「化学便覧など」
  溶媒名    化学式    式量    溶解度 
  メタノール     CH3OH     32.04    ∞ 
  エタノール     CH3CH2OH     46.07    ∞ 
  1 - プロパノール     CH3CH2CH2OH     60.10    ∞ 
  1 - ブタノール     CH3CH2CH2CH2OH     74.10    7.7 
  1 - ペンタノール     CH3CH2CH2CH2CH2OH     88.15    2.2 
  1 - ヘキサノール     CH3CH2CH2CH2CH2CH2OH     102.17    0.62 
  1 - ヘプタノール     CH3CH2CH2CH2CH2CH2CH2OH     116.20    0.33 

 無機化合物であるイオン結晶においても,無限に溶解し続けることはなく,例えば,食塩(塩化ナトリウム)を水に加え続けると,ある量( 25℃で約 36 g / 100 g - H2O )以上では,いくら撹拌しても溶けなくなる。すなわち,多くの物質には,物質ごとに溶解の限界(溶解度)が存在する。
 前項のエネルギーの観点では,溶媒種,溶質種,温度で決まる溶解のエンタルピー変化混合のエントロピー変化が釣り合うまで溶解が進む。
 例えば,無機塩( MX )固体の水への溶解では,無機塩の格子エネルギー( MX 固体 ⇒ M 気体 + X 気体)と水和によるエンタルピー変化( M 気体 + X 気体 ⇒ M 水和 + X 水和)の差に相当する溶解のエンタルピー変化混合のエントロピー変化から求まる混合のギブスの自由エネルギー変化が負の場合は溶解が進み,正の場合は溶液中のイオンの凝集による結晶化が進む。
 なお,一般的に難溶性と呼ばれる塩(塩化銀,硫酸バリウムなど)は,混合のエントロピー変化では相殺できないほどに。水和エンタルピー変化に比較して著しく大きい格子エネルギーを持つ化合物と考えられる。
 溶解度は,混合のギブスの自由エネルギー変化を求めるなどの熱力学的なアプローチにより求めることが可能である。しかし,エネルギー変化の精密かつ迅速な測定が困難で,溶媒選択などの実用に供せるほどのデータ蓄積に至っていない。このため,溶媒選定の際には,次項の【溶解度】で紹介するように,溶解パラメーター( solubility parameter )や経験則によって行われることが多い。

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