第一部:化学と物質構造・イオン結合

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  ここでは,元素のイオン化傾向に関連する【仕事関数】, 【酸化還元電位】, 【イオン化傾向とは】  に項目を分けて紹介する。

 仕事関数

 イオンのなり易さ,即ち,原子から電子を引きはがすのに必要なエネルギーについては,定義の違いでイオン化エネルギー(ionization energy)及び電子親和力( electron affinity ) ,② 仕事関数(work function),③ 酸化還元電位( redox potential )に分けられる。

 仕事関数とは,固体表面から電子を引き抜くためのエネルギーで,固体の高温酸化など実用面で貴重な情報を与える。
 固体表面から電子を引き抜くためのエネルギーとは,物質表面から 1個の電子を無限遠まで持ってゆくのに必要な最小エネルギーを指す。
 軌道電子は,熱,光の吸収,原子やイオンなどの衝突で励起され,電子軌道( electron orbital )から飛び出る。この電子を励起電子( excited electron )という。
 与えたエネルギーと励起電子の持つエネルギーを計測することで,飛び出た電子軌道(エネルギー準位)のエネルギー状態を知ることができる。定義から励起電子を得るために外から与えた最小のエネルギーが仕事関数となる。
 ● 求め方
 実験的には,熱電子放出,ケルビン法(振動容量法)や光電子放出実験などで励起電子のエネルギーを測定できる。例えば,熱電子放出強度を I ,仕事関数 W とすると,次の関係が成り立つ。
      I = α・T2・e(-W/kT)
     ここで,α 定数,T 温度,k ボルツマン定数である。
 すなわち,熱電子放出強度とその温度依存性を測定すれば仕事関数を求めることができる。
 仕事関数の値は,原子の種類,金属結晶の面方位,表面構造,さらには他の原子の吸着などの表面状態の影響を強く受ける。いいかえれば,仕事関数は固体表面の電子状態を強く反映した実用的な量である。

 【参考】
 熱電子( thermoelectron )
 高温状態にある金属または半導体から放出される電子。
 光電子( photoelectron )
 高いエネルギーを持つ電磁波(X線,γ線)が原子に衝突すると,このエネルギーを吸収し,内殻の軌道電子が原子核外にはじき出され,内殻に空準位が生じる。はじき出された電子は光電子と呼ばれる。

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  酸化還元電位

 水溶液中など酸化還元反応が起きる場(反応系)での電子授受で発生する電極電位を酸化還元電位という。 酸化還元電位は,規定する条件下において,反応にあずかる物質の電子の放出しやすさ,又は受け取りやすさを定量的に評価する尺度となる。
 ● 求め方
 計測において,電極電位の絶対値を求めることは原理的に不可能である。このため,基準となる電極(基準電極を定めて,これとの比較で,任意の酸化還元反応の電極電位を相対的に求める方法がとられる。基準電極は,参照電極,照合電極などともいう。

 代表的な基準電極には,水素電極( Pt /H2 /HCl ),飽和カロメル電極( Hg /Hg2Cl2 /飽和KCl ),銀・塩化銀電極( Ag /AgCl /飽和KCl )などがある。
 水素電極とは,水素ガス分圧 1気圧( 101.325 kPa ),水素イオンの活量 1のとき,電極電位の基準( 0V )として用いられる。この状態の電極を標準水素電極( SHE : standard hydrogen electrode )という。
 水素電極は取り扱い上の制約が多いので,一般的には,取り扱いが容易で電位の安定している銀-塩化銀電極( 0.119V Vs SHE ),飽和カロメロ電極( 0.244V Vs SHE )などが用いられる。

 基準電極アノード反応,求めたい酸化還元反応をカソード反応に使った電池を組み立てたときの電池の起電力が求める電極電位となる。
 電気化学では,標準水素電極の反応を酸化反応(アノード反応)として表記するよう定められている。従って,測定対象とする電極反応は全て還元反応(カソード反応)として表示される。
 酸化還元電位の比較で,電位の負の値が大きいほど電解質中で酸化され易いこと,すなわち電子を放出して陽イオンになり易い(イオン化傾向が大きいという)金属であることを示す。
 電極電位は,酸還元反応の起きる環境条件に影響を受け,中性淡水中,海水中では標準酸化還元電位と電位が異なるのみならず,金属種別の電位の順列も変わるので,的確なイオン化傾向の評価には,実用環境を想定した計測が必要になる。

 【参考】
 標準酸化還元電位( standard redox potential )
 反応に関与する全ての化学種の活量が 1で,平衡状態にある時の電極電位である。一般的には,標準電極電位(standard electrode potential),標準電位(standard potential),標準還元電位(standard reduction potential)とも呼ばれる。

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  イオン化傾向とは

 イオン化傾向( ionization tendency )は,電気化学列,イオン化列とも呼ばれ,水溶液中でイオン化し易さの相対尺度として用いられる。日本の高等学校教育では, Li, K, Ca, Na) > Mg > (Al, Zn, Fe) > (Ni, Sn, Pb) > (H2, Cu) > (Hg, Ag) > (Pt, Au) の順列で教育している。

 イオン化傾向は,水溶液中での原子から水和イオンへの変化,すなわち原子化→イオン化→イオンの水和の過程を考慮したもので,標準酸化還元電位とは概ねで比例関係がある。
 イオン化傾向は,理想溶液状態,すなわちイオン間の相互作用の考慮する必要がない無限希釈を前提としているため,実用の濃度では必ずしもこの順序が保持されるとは限らない。
 例えば,海水に浸漬された金属の電極電位の順列は,金属種の順列が標準酸化還元電位と大きく異なることが知られている。

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