化 学 (物質の構造)
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【双極子とは】
双極子( dipole )とは,分子内に生じた電子の偏りを原因として発生する電荷のひずみである。すなわち,分子構造の中で,正の電荷の重心と負の電荷の重心が一致しない電荷の配置を双極子という。
【共有結合】で解説するが,分子内結合では,電子対(スピンの異なる 2 個の電子)が原子間で共有(共有電子対という)されている。この電子対の分布状態により分子内の電荷の偏りが生じる可能性がある。次に分子種別に共有電子対の分布について考察する。
共有電子対の偏りは,先に解説した電気陰性度の違いで推定できる。
● 二原子分子
二原子分子には,同種元素による場合と異種元素による場合がある。
H2 や Cl2 のように同種元素による二原子分子では,共有電子対は双方の原子に均等に共有されるので,電荷の偏りは生じない。このような分子を無極性分子という。
HCl など異種元素による二原子分子では,それぞれの原子の電気陰性度が異なる。
このため,共有電子対は電気陰性度の大きい原子に引き寄せられ,わずかに負の電荷(δ-)を帯び,電気陰性度の小さい原子は,わずかな正の電荷(δ+)を帯びる。このような極性を持つ分子を極性分子という。
二原子分子の分極
● 多原子分子
多原子分子では,原子間の共有電子対の分布状態に加えて,分子構造も影響する。
すなわち,共有電子対の偏りが複数生じても,二酸化炭素のように構造の対称性により,正の荷電の重心と負の荷電の重心が一致する場合には,偏りの影響が互いに打ち消しあい,分子としては極性のない無極性分子となる。
一方,分子構造が,水のような折れ線形など正の荷電の重心と負の荷電の重心がずれている場合には,極性分子となる。
極性の大きさは,原子間の電気陰性度の差と重心のずれ程度に依存する。
多原子分子の分極
● 双極子モーメント
極性分子において,双極子の程度を比較する場合に,双極子モーメント(方向ベクトルと大きさの積)を用いる。
双極子モーメントμは,電荷の大きさδ,電荷の正と負の重心間の距離γとすると,
μ = δ ・ γ
で与えられる。
双極子モーメントの単位は,D (デバイ)が用いられる。デバイはSI 単位系として認められていないが,物理学,化学の分野では現在も使用(高等学校教育でも)されている。
単位は,1 D = 10-18 esu・cm と定義されている。なお,1 esu(静電単位) ≒ 3.335641 × 10−10 C (クーロン)なので,1 D ≒ 3.335641×10−30 C・m である。
双極子モーメントの計測
コンデンサーの電極間に極性分子をはさみ,電場を与えた時に,分子のプラス側がコンデンサーの負極の方に,マイナス側が正極の方を向くように配列しようとする。すなわち,対象とする分子を用いたコンデンサーの誘電率を計測することで,双極子モーメントを求めることができる。
ハロゲン化水素の双極子モーメントの実測値(単位 D )は,フッ化水素( HF ): 1.82 ,塩化水素( HCl ): 1.11 ,臭化水素( HBr ): 0.83 ,ヨウ化水素( H I ): 0.45 である。この値から,概して,電気陰性度の差の大きいものほど双極子モーメントも大きいことが分かる。
実測値の意味するもの?
電子の電荷は,電気素量( elementary charge :陽子1個の電荷: 1.602176565 × 10−19 C )と同等と扱えるので,核間距離約 1.27 × 10−10 m の塩化水素( HCl )の結合が 100%イオン性(水素の電子が完全に塩素原子に移動)と仮定すると,双極子モーメントは,
( 1.602176565 × 10−19 ) × (1.27 × 10−10 ) ÷ (3.335641×10−30 ) ≒ 6.1 ( D )
となる。
一方,実測した塩化水素の双極子モーメントは,約 1.1 ( D ) である。計算値との違いは,結合のイオン性の見積もりの違いと考えることができる。
すなわち,塩化水素の結合の約18% ( 1.1 ÷ 6.1 ≒ 0.18 ) が電荷の偏りによるイオン結合性で,残りの82%が共有結合性であると考えることができる。
【参考】
● 静電単位( electrostatic unit )
1 静電単位( esu :スタットクーロン)とは,真空中に 1 cm の間隔で置かれた互いに等しい電気量の間に働く力が 1 ダイン( 1 dyn = 10-5 N )であるときの電気量をいう。
● 分子のイオン結合性と共有結合性の評価
電気陰性度の差を用いた評価は,【電気陰性度とは】で紹介する。
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