第六部:生化学の基礎 脂質

  ☆ “ホーム” ⇒ “生活の中の科学“ ⇒ “基礎化学(目次)“ ⇒

  ここでは,脂質代謝の合成(同化)に関連し, 【脂質同化(出発物質の合成)】, 【アシルキャリアータンパク質の合成】, 【炭素鎖の伸長】 に項目を分けて紹介する。

  脂質同化(出発物質の合成)

 脂肪酸の合成(同化)
 ミトコンドリア内で行われる下図に例示する脂肪酸異化と異なり,脂肪酸の同化は,ミトコンドリアの外膜の外にある細胞質基質で行われる。

 脂肪酸の合成では,ミトコンドリア内部(マトリックス)のクエン酸回路(TCA回路)で合成されたクエン酸( C(OH)(CH2COOH)2COOH )がミトコンドリア内膜を通り細胞質に移動し,CoA(補酵素A ,コエンザイム A :C21H36P3N7O16S )ATP(アデノシン三リン酸)と反応することで出発物質であるアセチル CoA が合成される。

 脂肪酸の合成では,アセチル CoAを直接利用するのではなく,これと二酸化炭素( CO2 )から合成されたマロニル CoA が二酸化炭素を放出しつつ脂肪酸の鎖にアセチル基が転移する過程を経る。なお,放出された二酸化炭素はマロニル CoA の合成に再利用される。

 アセチル CoA マロニル CoA の合成
 次に示す反応では,反応物(触媒)→ 生成物(生成物名で示す。

 アセチル CoA の合成
      C(OH)(CH2COOH)2COOH (クエン酸)+ CoA + ATP( ATP クエン酸リアーゼ
      → CH3‐CO-S-CoA (アセチル CoA )+ CH2CO(COOH)2オキサロ酢酸)+ ADP+ Pi(リン酸イオン


 マロニル CoA の合成
      アセチル CoA+ CO2 + ATP (アセチルCoAカルボキシラーゼ
      → マロニル CoA + ADP+ Pi(リン酸イオン

ミトコンドリア構造と脂肪酸の膜透過(模式図)

ミトコンドリア構造と脂肪酸の膜透過(模式図)
左図出典:東京大学生命科学教育用画像集(2017年参照;現在はアクセス不可)・ミトコンドリア図

 ページのトップへ

  アセチルACP ,マロニルACP の合成

 脂肪酸生合成反応には,ACP( acyl-carrier protein )に結合したアセチル ACP ,及びマロニル ACP が実際の反応を担う。
 ACP は,アシルキャリアータンパク質,アシル基運搬たんぱく質ともい,脂肪酸や脂質の生合成で脂肪酸の担体として働くたんぱく質である。
 植物では分子量約 1 万のたんぱく質として,動物では脂肪酸合成酵素内の機能領域として存在する。
 
 次に示す反応では,反応物(触媒)→ 生成物(生成物名で示す。
 前出のアセチル CoA からのアセチル ACP の合成
      アセチル CoA + ACP‐SH( ACPアセチルトランスフェラーゼ
      → アセチル ACP + CoA‐SH


 前出のマロニル CoA からのマロニル ACP の合成
      マロニル CoA + ACP‐SH( ACPマロニルトランスフェラーゼ
      → マロニル ACP + CoA‐SH

  ページの先頭へ

  炭素鎖の伸長

 炭素鎖の伸長
 反応は,前述の方法で合成されたアセチル ACP マロニル ACP とを出発物質にして,① 縮合反応,② アセトアセチル ACPの還元,③ 脱水,④ クロトニル ACPの還元の 4段階を経て行われる。
 次に示す反応では,反応物(触媒)→ 生成物(生成物名で示す。

 縮合反応 (アセトアセチル ACP の合成)
      アセチル ACP + マロニル ACP( 3-ケトアシル ACP シンターゼ
      → CH3‐CO‐CH2‐CO‐S‐ACP(アセトアセチル ACP )+ ACP + CO2


 アセトアセチル ACP の還元
      CH3‐CO‐CH2‐CO‐S‐ACP + NADPH( 3-ケトアシル ACP レダクターゼ
      → CH3‐CH(OH)‐CH2‐CO‐S‐ACP( 3-ヒドロキシブチリル ACP )+ NADP+


 脱水反応
      CH3‐CH(OH)‐CH2‐CO‐S‐ACP( 3-ヒドロキシアシル ACP デヒドラターゼ
      → CH3‐CH=CH‐CO‐S‐ACP(クロトニル ACP )+ H2O

 
 クロトニル ACP の還元
      CH3‐CH=CH‐CO‐S‐ACP + NADPH(エノイル ACP レダクターゼ
      → CH3‐CH2‐CH2‐CO‐S‐ACP(ブチリル ACP )+ NADP+

 
 ① 二度目の縮合反応
      ブチリル ACP + マロニル ACP( 3-ケトアシル ACP シンターゼ
      → CH3‐(CH2)2‐CO‐CH2‐CO‐S‐ACP(カプリル ACP )+ ACP + CO2


 このように,縮合反応,還元反応,脱水反応の繰り返しで,脂肪酸炭素鎖が炭素数 2個ずつ伸長する。
 最終的には,酵素チオエステラーゼにより,飽和脂肪酸 ACP 加水分解される。細胞質基質でつくられた脂肪酸は,さらにミトコンドリア小胞体で炭素数を増すことができる。

 脂肪酸合成の個々の反応を見た時,ミトコンドリア内でのβ酸化(異化反応)で紹介した反応の逆反応に類似しているものもあるが,反応経路は,不可逆反応( irreversible reaction )を含むため,これを回避するため,β酸化の逆経路とは異なる経路である。

 不飽和脂肪酸の合成
 動物は,肝滑面小胞体で,NADH2 と O2 の存在下で一価の不飽和脂肪酸を合成できる。
 しかし,二重結合を2つ以上もつリノール酸,リノレン酸などの多価不飽和脂肪酸は合成できない。従って,動物は,食物(植物,微生物)から補給する必要がある。このため,多価不飽和脂肪酸を必須脂肪酸ビタミン Fとも呼ばれる。

 【参考】
 ビタミン Fについて
 ビタミン( vitamin )は,通常「生命を維持するために必要な栄養素で,糖質,たんぱく質,脂質,ミネラルに分類されず,生体内で必要量を合成することができない有機化合物をいう。」と定義される。
 定義に従い食品衛生法施行規則では,人のビタミンとして,A,B群8種,C,D,E,Kの13種を指定している。
 しかし,「生体内で必要量を合成することができない有機化合物」の観点から,必須脂肪酸ビタミン Fと称することもある。

  ページの先頭へ