第六部:生化学の基礎 糖質(炭水化物)

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  ここでは,糖質(炭水化物)の代謝(異化と同化)に関連し, 【代謝とは】, 【糖質の分解(異化)】, 【解糖系】, 【ペントースリン酸経路】, 【グリコーゲンの合成(同化)】 に項目を分けて紹介する。

  代謝とは

 代謝( metabolism )
 生化学では,体外から取り入れた無機物や有機化合物を素材とし,生命維持のために行う一連の化学反応をいう。

 一般的には,代謝というと,新陳代謝の略称としてを用いることが多いが,この場合は,古い細胞が新しい細胞に入れ替わるという意味で用いられ,生化学における意味とは異なる。

 代謝は,物質を分解する過程の異化(分解)と物質を合成する同化(同化作用)に区分される。
 異化( catabolism )
 最終的にはエネルギーを得るためのクエン酸回路(TCA回路)などで利用できる物質や同化で用いる原料にまで物質を分解する過程である。
 同化( anabolism )
 異化で得られたエネルギーを用い,酵素反応を利用し,単純な前駆体を経て核酸,たんぱく質,糖質,脂質など複雑な生体高分子の合成を行う過程をいう。

 細胞中の連鎖的な化学反応を代謝経路( metabolic pathway )といい,非常に多くの代謝物質が関わる非常に複雑なものである。また,多くの独立した経路が 1 つの細胞内に共存するので,代謝経路の集合(代謝経路網として扱われる。

 下図には,基本的な代謝経路の紹介で利用されるマップの例を紹介した。

代謝経路

代謝経路
左図出典:東京大学生命科学教育用画像集(2017年参照;現在はアクセス不可)・基本代謝経路の概略図
右図出典:福岡大学 理学部 機能生物化学研究室代謝マップ

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  糖質の分解(異化)

 食物として摂取した糖質の分解と吸収
 食事として摂取されたデンプン,グリコーゲンなどの糖質エネルギー貯蔵に用いられる多糖オリゴ糖)は,胃から小腸までの消化管で,消化酵素(唾液,膵液中のアミラーゼ,小腸壁のマルターゼなど)の作用を受け,体内の生化学反応経路(解糖系で利用できる単糖のグルコース(ブドウ糖)まで加水分解されたのち,小腸で吸収される。

 消化酵素アミラーゼ( amylase )
 ジアスターゼともいわれ,膵液や唾液に含まれ,デンプン中のアミロースやアミロペクチンをグルコース(単糖類),マルトース(二糖類,麦芽糖)やオリゴ糖に変換する酵素群である。
 アミラーゼには,作用の違いからα-アミラーゼ,β-アミラーゼ,グルコアミラーゼ( Glucoamylase ),イソアミラーゼ( Isoamylase )などに分類される。

 α-アミラーゼ
 デンプンやグリコーゲンなどの糖鎖(グルコース鎖)のα-1,4 結合不規則(分子の内側から)に切断する酵素で,人を含む動物,植物,細菌や酵母でみられる。
 デンプンやグリコーゲンは,α-1,4 結合しか持たないので効率良く分解され,反応終期にグルコースマルトースを主成分とする状態になる。マルトースは,酵素マルターゼ( Maltase )によって,加水分解されグルコースが得られる。
 β-アミラーゼ
 デンプンやグリコーゲンなどの糖鎖(グルコース鎖)の非還元末端から二つ目α-1,4 結合を逐次分解(端から順に)してマルトースにする酵素で,サツマイモや小麦などの植物や微生物でみられるが,動物にはない酵素である。なお,β-アミラーゼのβは,β-1 ,4 結合を分解する意味ではなく,α-アミラーゼと異なる作用を意味する区分のための記号である。
 グルコアミラーゼ
 デンプンやグリコーゲンなどの糖鎖(グルコース鎖)の非還元末端の結合を加水分解し,グルコースを逐次分解(端か順に)する酵素で,麹菌やキノコなどの真菌類に見られる。
 グルコアミラーゼは,α-1,4 結合α-1,6 結合に作用するので,α-アミラーゼで分解できないアミロペクチンの分岐部も分解できる。
 イソアミラーゼ
 枝切り酵素ともいわれ,アミロペクチン,デキストリンの側鎖のα-1,6 結合を加水分解する酵素で,植物や微生物で見られる。

 体内での異化(グルコース生産)
 グリコーゲンの分解
 グリコーゲン( glycogen )は,糖原や動物デンプンと呼ばれるように,余剰のグルコースの一時的貯蔵のため,主に肝臓と骨格筋で合成される。グリコーゲンは,後述の【グリコーゲンの合成】で紹介するように,1 , 6‐グリコシド結合での分岐の多い構造の高分子である。
 グリコーゲンの分解では,アドレナリンまたはグルカゴンに刺激され,筋肉と肝細胞で起こり,次に紹介する解糖系の出発物質であるグルコース 6 -リン酸が得られる。
 グリコーゲンの分解に関わる酵素は,リン酸とα結合してグルコース- 1 -リン酸を作るグリコーゲンホスホリラーゼ,グルコース 1 -リン酸とグルコース 6 -リン酸とを相互変換するホスホグルコムターゼ,分岐箇所の 1 , 6‐グリコシド結合を加水分解するグリコーゲン脱分枝酵素である。

 糖新生
 糖新生( gluconeogenesis )とは,飢餓状態(血糖値低下に伴うグルカゴンの分泌)に陥った動物が,肝臓や腎臓で糖質以外の物質糖原性アミノ酸,ピルビン酸,乳酸,プロピオン酸,グリセロールなど)からグルコースを生産することである。
 例えば,ピルビン酸は次の経路を経てグルコースに変えられる。
 ピルビン酸→オキサロ酢酸→ホスホエノールピルビン酸→ 2-ホスホグリセリン酸→ 3-ホスホグリセリン酸→ 1,3-ビスホスホグリセリン酸→グリセルアルデヒド→ジヒドロキシアセトンリン酸→フルクトース 1,6-ビスリン酸→フルクトース 6-リン酸→グルコース 6-リン酸グルコース

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  解糖系

 解糖系( glycolysis )
 細胞質で進行するグルコース( glucose )の異化(分解)反応で,最終的にピルビン酸( CH3COCOOH )を得る代謝過程である。この過程は,殆どの生物に共通し,エムデン-マイヤーホーフ経路( Embden-Meyerhof 経路)とも呼ばれる。

 ピルビン酸は,細胞内のミトコンドリアに運ばれ,補酵素A(コエンザイムエー,CoA :C21H36P3N7O16S )と結合しクエン酸回路(TCA回路)で利用できるアセチル CoA (アセチルコエンザイムエー:CH3CO-S-CoA )が得られる。

 異化過程は,概ね次の通りである。
グルコースグルコース 6-リン酸→( PPP )→フルクトース 6-リン酸→( PPP )→フルクトース 1,6-ビスリン酸→( PPP )→グリセルアルデヒド 3-リン酸+ジヒドロキシアセトンリン酸→ 1,3-ビスホスホグリセリン酸→ 3-ホスホグリセリン酸→ 2-ホスホグリセリン酸→ホスホエノールピルビン酸→ピルビン酸
 PPPペントースリン酸経路

解糖系

解糖系
図出典:東京大学生命科学教育用画像集(2017年参照;現在はアクセス不可)・解糖系の詳細(発酵を含む)

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  ペントースリン酸経路

 ペントースリン酸経路( pentose phosphate pathway ,PPP
 ヘキソースリン酸側路( hexose monophosphate shunt , HMS ),ホスホグルコン酸回路( Phosphogluconic Acid Pathway )などともいわれ,解糖系グルコース 6-リン酸から出発して,解糖系のグリセルアルデヒド 3-リン酸へとつながる別経路である。
 この経路では,光合成や脂質の代謝に関連するNADPH (還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸),核酸の生合成に不可欠な D-リボース-5-リン酸(R5P)が得られる。ちなみに,1 回路につき,酸化型の NADP(酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸)を還元し 12 分子の NADPH を生ずる。

 この回路での反応を次に紹介する。なお,各行の矢印は,反応物(略号)→(酵素)→ 生成物(略号)の順を示す。
 酸化反応
 グルコース 6-リン酸G6P+ NADP →(グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ:G6PD )→ 6 –ホスホグルコノラクトン + NADPH + H

 加水分解
 6 –ホスホグルコノラクトン + H2O →( 6-ホスホグルコノラクトナーゼ)→ 6 –ホスホグルコン酸

 脱炭酸化
 6 –ホスホグルコン酸 + NADP →(ホスホグルコン酸デヒドロゲナーゼ (脱炭酸) )→ リブロース- 5 -リン酸(Ru5P)+ NADPH + CO2 + H

 異性化・エピマー化
 Ru5P →(リボース-5-リン酸イソメラーゼ)→ リボース- 5 -リン酸R5P
 Ru5P →(リブロース-5-リン酸-3-エピメラーゼ)→ キシルロース- 5 -リン酸(Xu5P)

 糖の C-C 結合開裂
 R5P + Xu5P  →(トランスケトラーゼ)→ セドヘプツロース- 7 -リン酸(S7P)+ グリセルアルデヒド-3-リン酸G3P
 S7P + G3P  →(トランスアルドラーゼ)→ フルクトース- 6 -リン酸(F6P)+ エリトロース- 4 -リン酸(E4P)
 Xu5P + E4P  →(トランスケトラーゼ)→ フルクトース- 6 -リン酸(F6P)+ グリセルアルデヒド-3-リン酸G3P

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  グリコーゲンの合成(同化)

 グリコーゲン( glycogen )
 枝分かれ(平均鎖長は10~14 程度)の多いグルコースの高分子化合物で,動物デンプンとも呼ばれ,余剰のグルコースを一時的に貯蔵しておく目的で,主に肝臓と骨格筋で合成される貯蔵多糖類である。
 グリコーゲンは,解糖系の最初の段階で得られるグルコース 6-リン酸G6Pから合成される。 はじめに,グルコース 1-リン酸とグルコース 6-リン酸とを相互変換する酵素ホスホグルコムターゼによりグルコース 1-リン酸G1Pが得られる。
 グルコース 6-リン酸G6P ⇔(ホスホグルコムターゼ)⇔ グルコース 1-リン酸G1P

 グルコース-1-リン酸からグリコーゲンへの変化は,ギブスエネルギー変化が正で自発的には起きない吸エルゴン反応のため,ウリジン 5'-三リン酸( UTP とからウリジン二リン酸グルコース UDP-グルコースを合成する発エルゴン反応を経由して合成される。

 グルコース 1-リン酸 + UTP →(グルコース-1-リン酸ウリジリルトランスフェラーゼ)→ UDP-グルコース
 UDP-グルコース →(グリコーゲンシンターゼ:グリコシド結合)→ 鎖状グリコーゲン →( 1,4-α-グルカンブランチング酵素)→ グリコーゲン

 UTP とは,五炭糖のリボースの 1' 位のヒドロキシ基がウラシル(ピリミジン-2,4(1H,3H)-ジオン),5' 位のヒドロキシル基と三リン酸(トリポリリン酸)のエステルであるピリミジンヌクレオチドである。
 UDP-グルコースとは,ヌクレオチド糖の一種で,グルコースの活性化した形で,グリコーゲンの前駆体,UDP-ガラクトースやUDP-グルクロン酸に変換されてガラクトースやグルクロン酸を含む多糖の原料になる。
 1,4-α-グルカン分枝酵素は,グルカン鎖が 11 残基以上のとき,非還元末端から約 7 残基を切り取り,グルカン鎖のC6-OHに移す。すなわち,1,4‐グリコシド結合を切って 1,6‐グリコシド結合を作ることで分岐させる。

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