水道・電力

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 【近代水道の歴史】

 明治中期までの東京は,江戸時代からの木製水路を用いた水道設備であった。明治中期の東京では,木の腐植等で水の安全性が脅かされていた上に,人口の急増に応えるために近代化が進められていた。その中で,1898年(明治31年)12月1日に淀橋浄水工場から神田,日本橋方面に鉄管を用いた近代水道が初めて通水された。
 その後,鉄管の布設にあわせて給水範囲が順次拡大され,1899年(明治32年)末までに,東京市内全域に近代水道が敷設された。
 東京都水道局によると平成20年3月末の配水管は,配水本管(内径400mm以上)2,305km,配水小管(内径50~350mm)23,347km,総延長25,652kmと膨大な長さに及んでいる。
 我が国の鋳鉄管の歴史は欧州からの輸入管に始まります。鋳鉄管は,イギリス,ベルギーなどから輸入されていたため,その外径はメーカーによって異なっていた。明治中期から国産の鋳鉄管が登場したが,外径を輸入管に合わせていた。
 大正3年に上水協議会規格が制定され,管の外径が統一されたが,昭和8年の水道協会規格で普通鋳鉄から高級鋳鉄に材質変更になり,管厚が小さくすむようになった。内径を変えるわけにいかないため,外径が小さくなった。その後は,互換性の確保などの理由から,現在に至るも昭和8年の外径をそのまま踏襲している。

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