日本の高層建築物の歴史的背景

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 【地震と高層建築】

 地震国日本

 第二次世界大戦により,日本の建築物は大きな打撃を受けたが,戦後復興,高度経済成長(1960年~1969年)時代になり,建築物に関わる技術進歩も相まって,数多くの建築物が建設された。
 近年まで,鉄筋コンクリートの使用が一般的で,鋼を用いた高層建築物が建設されなかったのは,日本の課題の一つとして,地震の多さに起因していた。
 米国では1889年にオーディトリアムビル(高さ106m)などの高層構築物が建設されていた。同年代の日本でも凌雲閣(浅草十二階,高さ52m)が1890年に開業している。しかし,1923年(大正12年)の関東大震災で大破した。これなどが契機となり,1924年(大正13年)に世界に先駆けて建築物の耐震基準(建物高さ100尺(31m)の規制)が規定された。
 このため,1963年の耐震基準改訂まで,高層建築物を建設できない時代が長く続いた。その後,新材料の開発,耐震設計技術の進歩により,100mを超える建築物が建設できるようになった。

 東京タワー

東京タワー建設時写真

東京タワー建設写真
出典:毎日新聞HP「昭和写真館」

 東京タワーの建設と維持管理参考資料1)を紹介する。
 1958年(昭和33年)10月14日竣工,同年12月23日完工の東京タワー(東京都港区芝公園4丁目)は,計画段階で,建築基準法の耐震基準による制約(高さ31m)のため,建設許可が出なかった。そこで,計画されていた地上約66m付近のビアレストランの建設を断念することで,建築基準法の適用外である工作物と解釈することで,建築が可能となった経緯がある。
 建設の経緯を示すと,1957年(昭和32年)にボーリング調査,7月に増上寺の墓地を一部取り壊して基礎部の工事を開始し,9月21日からは既に鉄骨の組み立てを開始している。タワーの完成は,鉄骨組み立て開始から僅か1年あまりの1958年10月と非常に早い速度で建設された。
 施工は竹中工務店が,塔体の加工は新三菱重工(現・三菱重工業)と松尾橋梁が,鉄塔の建築は宮地建設工業が担当した。
地上141.1mまでの鋼材は,工場でサンドブラストして下塗りまで塗装し,現地搬入時に2回目の下塗り塗料,組立後にフタル酸樹脂系塗料の中塗り,上塗りを塗装する防食対策が実施された。
 地上1441.1m~252.65mまでは,工場で鋼材を酸洗いしてから溶融亜鉛めっきを施し,現地搬入,組み立て後にジンククロメート系さび止めペイント,フタル酸樹脂系塗料中塗り,上塗り塗装する防食対策が実施されている。
 当時としては,ブラスト処理,溶融亜鉛めっき鋼,合成樹脂塗料の採用など,最新の重防食塗装技術が適用されている。
 東京タワーの維持管理は,防食と美観を保つため,ほぼ5年に1度の周期で約1年かけて塗り替え塗装されている。定期的塗装の目的は,防食・美観の確保目的に加えて,定期的な点検の目的も併せ持つと考えられる。1回目(1965年)の塗装は,磯部塗装(株)が担当し,2回目以降(1970年,1976年,1980年,1986年,1991年,1996年,2001年,2007年)は,平岩塗装(株)が一貫して請け負っている。
 
 【参考資料】
 1)大澤悟「日本建築学会退会学術講演 鋼構造物の維持管理・東京タワー」2002年(平成14年)
 2)「建築物の耐震・防火性能を規定する法令の変遷」(社)日本損害保険協会 平成8年3月
 3)「既存不適格建造物の防火性能診断法に関する調査」国総研資料No.369平成19年1月

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