日本の高層建築物の歴史的背景

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 【地震と高層建築】  ☞ 【建築基準法の変遷】 

 1960年から1969年までの日本は,いわゆる高度成長期といわれ,日本経済が著しい速度で発展した。この間には,1960年9月のカラーテレビ本放送開始,1962年12月20日の首都高速道路の芝浦-京橋間開通,1964年10月1日の東海道新幹線開通,同年10月10日の東京オリンピック開催など,日本経済の高度成長を象徴する大規模なインフラ整備が始まっている。
 建築基準法の耐震基準(高さ31m制限)は,耐震構造技術の進歩で規制の一部が1963年(昭和38年)に緩和され,超高層建築が建てられるようになった。
 1963年11月21日に神戸ポートタワー(高さ108m)が,東京オリンピック開催を控えた1964年(昭和39年)9月1日にホテルニューオータニが,1968年(昭和43年)4月18日に霞が関ビルディング(地上高147m)が建設された。
 ホテルニューオータニは,1963年4月1日着工,1964年8月31日竣工の地上17階,客室数1085室で,後の超高層ビルの基本となる柔構造の理論で初めて設計された日本最初の超高層ビルとして知られている。 霞が関ビルディングは,耐震設計として鋼材を組み上げた柔構造を採用している。
 1981年に新耐震設計法として建築基準法が大改訂され,数多くの超高層ビルの建設が可能になりった。その多くは,耐震性能を向上するため,鋼材を組み上げた柔構造となり,多量の鋼が使用されている。
 次には,建築基準法の変遷と経緯などについて概要参考資料2),3) を紹介する。

  • 1950年(昭和25年)建築基準法制定
     1891年濃尾地震(M8.0),1923年関東大震災(M7.9),1946年南海地震(M8.0),そして1948年福井地震(M7.1)の経験を踏まえ制定.中小地震(震度5弱)を対象に建築基準法が制定された。
  • 1963年(昭和38年)建築基準法改正
     絶対高さ制限31mの一部撤廃,これにより,超高層建築物の建設が可能となる。翌年1964年の東京オリンピックに合せて日本で最初の超高層建物であるホテルニューオータニの建設が始まった。
  • 1971年(昭和46年)建築基準法改正
     1964年新潟地震(M7.5),1968年十勝沖地震(M7.9)を踏まえた耐震基準の改正が行われた。
  • 1981年(昭和56年)建築基準法大改訂
     1978年宮城県沖地震(M7.4),それまでの中小地震に対する躯体の安全性評価から大地震時(震度6弱)の人命保護を優先,すなわち大地震時で崩壊せず,避難可能なことを規定する耐震性の大改正が行われた。
  • 2000年(平成12年)建築基準法改正
     性能設計の考え方導入,“耐震性能”では,地震外力の設定・構造躯体の安全性・居住性・内外装材を含む仕上げ材の性能・設備機器の健全性,さらに地震による損失額といった地震リスクまで含めて性能を設定
 1981年(昭和56年)の大改正後,1993年7月12日の北海道南西沖地震(M7.8,推定震度6,死者230名,行方不明者29名)や1995年1月17日の阪神・淡路大震災(M7.3,震度7,死者6,434名,行方不明者:3名,負傷者:43,792名)で多くの被害を出したが,1981年の改正後に建設された建築物の被害が報告されていないなど,耐震性の正当性が確認されている。

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